川村 みきをのメモ帳

日々のアウトプットをメモっています。

4番目の意義CR058

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今回お伝えした二人の、
元sbccクリエイターのお話。


「MAさん」がsbccで直面した事。

「天野さん」がsbccで直面した事。


これらのお二人の体験がそのまま、
[ CR ]の4番目の意義につながる。


それは・・・


『向き合う時間が生まれる』という事。


つまりこの[ CR ]は過去sbccで制作や
マーケティングを担当していた、
クリエイターを通じて自身と向き合う
時間が創れるということと、sbccの
活動自体が気付いたら自身と向き合う
絶好の場となっていたということ。


では何と向き合うのかというと、
それは、自身の中にあるこれまで
【見て見ぬふり】をしてしまった事だ。


そうは言っても【見て見ぬふり】を
してきたくらいだから、
それは向き合いたくはない事柄だと思う。


実際、MAさんも天野さんもわたしも、
そして他のsbccのクリエイター達も、
例外なく【見て見ぬふり】をしてきた。

都合の悪い事にはフタをして生きてきた。
別にそれはたいした事じゃないと思ってた。
教わってないと都合のいい解釈をしてた。


でも気づいたんだ。

 

2009年7月時点での天野さんやわたしの人生
が自分自身が望んだものとは違う方向に
進んでいた最たる原因がこの、
【見て見ぬふり】をしたことだという事に。


例えば、友人ら数名とキャンプファイヤー
に出かけて、カレーを作る係りになったと
しよう。

そのカレー自体の調理はあなたが
一人で担当した。

他のメンバーはカレー用のご飯を炊いたり、
薪を集めに行ったり、テントを張ったり、
寝袋を用意したり、キャンプファイヤー
準備をしたり、夜の肝試しの準備をしたり

とそれぞれが大切な役割を担当した。

そしてほとんど完成間近で、
皆もお腹がペコペコの状態のそんな時、
あなたは誤ってカレー鍋に
塩を大量に入れてしまった。


こんな状況ではとてもそれを言い出せない。

見た目もそれほど分からないし、
「何とか誤魔化せるだろう・・」といった
誘惑にかられて【見て見ぬふり】をして
しまったら・・・

その後の展開は容易に想像できるだろう。


これと同じ事を人生でも多くの人は
やってしまっているのだ。

カレー鍋に大量の塩を入れたら、
そのカレーを食べた人の反応と
相手の感情は分かりやすいが、


レストランオーナーが料理を提供
する時に、相手が何を食べたいのか
も聞かずにコミュニケーションも
取らずに一方的に自分の都合で
お金を要求した時の相手の反応や感情、


医者が患者を問診もせずに
ただぼーっと患者からの働きかけを
待っているだけにも関わらず、
自身の診療報酬の金額には執着している
そんな時の患者の反応や感情、


Web制作を担当している制作者が、
クライアントのウォンツやニーズを
無視して流行のフラッシュを多量に
使った見栄えだけはいいサイトを
押し付けたときの相手の反応や感情、


イラストレーターがコミュニケーション
を取らず、相手のウォンツやニーズ
も汲まずにただ相手からの指示を待ち
ほとんど意思の疎通も取れずに描いた
だけのイラストに対してお金を要求した
時の相手の反応や感情、


いろいろと良くしてもらったにも
関わらず自分自身の都合だけで
バックれたり不義理な事を平気でしたり
した時の相手の反応や感情、

 

大量の塩を入れてしまったカレーを提供
した時の相手の反応や感情に比べ、
これらの5つのケースは相手の反応や感情
を汲み取りにくいし分かりにくい。


ただ、確実に言えるのはそういった行為を
重ねる度に自分自身が確実に目減りして
いるということ。


そして望んだ方角とは全然違う方向に進み
出しているということに多くの人は、
気付かずにいる。


そして今回の天野さんとわたしのケース
みたいに些細な事に自身を投影して、
敏感に反応してしまう。


キャンプファイヤーでカレー鍋に大量の
塩を入れてみんなの夕食を台無しにした
という感情は自身の中では消えることなく、
どんどん膨れ上がっていく。


そして自身でも気づかない全く関係ない
場面(シーン)でも同じような状況では、
理由もなく不安にかられることがある。


sbccは結果的にそういった人が、
【見て見ぬふり】をしてきた事に対して、
気付かせてくれる環境に仕上がっていた。


その理由はまた別の機会に話そう。


ただ、『向き合う時間を創る』という事は
自身がなかなか意図しては出来ない。

 

 

 

 

to be continued